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教育 > ドイツ語あれこれ > Harry Potter第6巻(ドイツ語版) | ||
Harry Potter第6巻(ドイツ語版) [01/04/06]ドイツ語版のHarry Potterシリーズ第6巻は, 2005年10月1日に Carlsen Verlagから Harry Potter und der Halbblutprinz というタイトルで発売になっている. その冒頭の文が英語の原文と比較して,ちょっと面白い: Es ging auf Mitternacht zu, der Premierminister saß allein in seinem Büro und las einen langen Bericht, der ihm durch den Kopf strich, ohne den geringsten Sinn zu hinterlassen.
★I★
sich annähern (1)は,「宇宙探査機が地球に接近する」,(2)は,「極限値に接近する」(数学) という例で,(3)の「彼は,私に近づいてきた」とか,(4)の「彼は家に近づいた」 という例とは明らかに違う.zugehen の方が, 移動方向を表わした「接近」の意味ではごく普通であり, sich annähern は,やや特殊な感じがする. さて,英語版は,いったいどんな文で始まっているか,というと, It was nearing midnight, だ. 「えっ,near が動詞なの?」 と思ってしまうが,なんでもそのまま動詞化してしまう英語(偏見です!) なので,まあそんなもんか,とも考えてしまう.実は, nearという語, 古英語では,nēah (「近い」) が比較級になったもの.ドイツ語のnah の比較級のnäher なんですね.nah の動詞化は, nahen という3格をとる自動詞になり, 現代ドイツ語では「(時間的に)近づく」という意味( Der Abschied nahte.「別れの時が近づいていた」). sich nahenは,古語的で, 「近づく」の意味では,英語と同様に比較級のnäher から動詞化したsich nähern や, sich annähern が今では使われているのだが, 上で見たように,かなり特殊化してしまっている.
★II★ and the Prime Minister was sitting alone in his office, reading a long memo der Premierminister saß allein in seinem Büro und las einen langen Bericht,
★III★
(6) sich über die Augen streichen (Progressive) (6) は「目をこする」,(7)は,「彼は思案げにあご髭をなでた.」となり, 「なでる」という行為は,前置詞の後ろの名詞を対象になされ,その所有者が前 に3格の再帰代名詞となって現われている.「なでる」行為は,ふつう,ある物 の表面に対して行なわれるので,前置詞はüber が代表的だ.しかし,(5) は,ちょっと違う.所有関係が ihm と den Kopf の間に存在す るが,物質主語であり,3格の名詞は再帰代名詞ではない. 強引に訳してみると A:「ある長い報告書が彼の頭の中を通ってなでた」となるが, これでは何のことか分からない. streichen の自動詞用法には,もう1つあって, (特定の目標もなく)「ぶらぶら歩く」というのがある.
(8) durch den Wald streichen (Progressive) (8) は,「森の中をさすらう」,(9) は,「(複数の)道をあてもなく歩き回る」という意 味で,移動を表わしている.そうすると,さっきの強引な訳A: を移動動詞のように考えれば, B:「ある長い報告書が彼の頭の中をあてもなく通っていった」 のような和訳ができる. 最後に, ohne den geringsten Sinn zu hinterlassen の部分.hinterlassen は,「後に残す」 という意味の非分離動詞.留守電でメッセージを残す,などという場面で現代で は多用されるようになった.ここでは,gering を最上級で使い「もっとも僅かな意味」というのが直訳だが, ここでは「ほとんど何のあとかたの意味も残さずに」とか,「ほんのわずかな意味すら残さ ずに」とすると意味が通るだろう. つまり,B:の和訳につなげて少し整形すれば, 「ある長い報告書が,何のあとかたも残さずに, 彼の頭の中を通り過ぎていった」というようになる. ここで英語と比べてみると,「お!」と, その表現の違いと内容の共通性に感嘆してしまう(しませんか?). つまり,原書の英語では以下のようになっている. It was nearing midnight, and the Prime Minister was sitting alone in his office, reading a long memo that was slipping through his brain without leaving the slightest trace of meaning behind. 英語では,slip(「するっとすり抜ける」)という動 詞が用いられていて,slip through his brain と, 「脳の中をすり抜ける」となっているのだ.leave ~ behind がhinterlassen と対応しているのは分かるが, the slightest trace of meaning というのが なるほど,と思うところ.trace を使わないと, 英語ではかっこがつかない(without leaving the slightest meaning behind って何かちょっと変). ほとんど変わらないが,敢えて英語の部分の和訳をすれば:C: 「何のあとかたも残さずに, 彼の脳の中をするりと通り抜けていったある長いメモ」というようになる.
★最後に★ 目の前に原書と,その翻訳書があると,ついつい比べてみたくなる. Harry Potter のドイツ語版は, 一貫してKlaus Fritz によって手がけられている. 「子供に読みやすく」とか,「頭韻を維持する」とか, さまざまな努力が払われていると思う.もちろん, 100%正しい翻訳なんてないし, 正しい翻訳が必ずしもよい翻訳ではない. しかし,こうして比べてみることで 翻訳家の苦労が垣間みれるのは楽しいことだ. Harry Potterは,当初の予告によれば,あと2巻出る. ある本屋さんは,「ハリー・ポッターの本は,まだ続けてでますよ」というのを, Es pottert weiter.と表現した.ウマイですねぇ. |