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    また新しくなる(?)「新正書法」(Neue Rechtschreibung) [03/05/06], 追加修正[03/6,7/06],追加修正[03/8/06]

1. ニュースの概略
2. 新正書法修正案の実例
3. 感想

1. ニュースの概略

2006年2月27日,ドイツでは1つの衝撃的なニュースが報道された. タイトルにもあるように,またまた「新正書法」が改訂されるようなのだ.

2006年3月6日追加情報[★3月9日修正]
正確な情報は、 Kultusministerkonferenz のサイト、あるいは、 Rechtschreibrat のサイトからたどって、 Regeln (PDF-Datei, ca. 3 MB)と、 Wärterverzeichnis (PDF-Datei, ca. 1.1 MB)と、 Bericht des Rats(PDF-Datei, ca. 550kB) をご覧下さい。(2006年3月8日に2つのファイルが変更されました!

例えば,German Newsの2006年2月27日 版では,Empfehlung des Rechtschreibrats としてその概略が伝えられた.

以下は私の意訳:
「一年間の協議のすえ,正書法に対しての協議会 は,本日ベルリンで,正書法改革の修正のための勧告書を文部大臣会議 (KMK)*注1に提 出した.今週中に,文部大臣会議では,この勧告を2006年8月1日からの学校の新 学期に間に合うように導入するかどうかを決定する.エルトズィーク-ラーヴェ (Erdsiek-Rave)議長によれば,これはおおいにありえ ることのようだ.修正案の重点は,分かち書きと続け書きである.この修正案に よれば,再び多くの動詞が続け書きされるようになる.前バイエルン文部大臣 ハンス・ツェヘットマイァ(Hans Zehetmair)の座長の元で, 全ドイツ語圏からの専門家を交えた協議会は,一年間の協議を経て, 1996年に決まった正書法改革の特に議論の多い部分に対しての改善提案を作成し たものだ.」

*注1  KMK = Kultusministerkonferenz: ドイツの文部大臣会議 (各州の文部大臣からなる常設の期間で,州独自の問題以外の共通の事項を審議調整する).

2006年3月4日,ノルトライン・フェストファーレン州(Nordrhein-Westfalen) の広報室は,新正書法の修正案が,3月30日に開かれる予定の文部大臣会議で 「最も早くて,その日に決定されるだろう」と発表した.*注2
上記のGerman Newsでは,「今週中に決定」としていた が,各州の文部大臣は,この新正書法修正案に賛成したものの, どうやら最終決定はされなかったようだ. 「最も早くて」(frühestens)と言っているので, もっと最終決定が遅れる可能性があるが,今のところ,今回の修正案はかなり 広く受け入れられそうな状況なので,この修正案は,ほとんどそのまま公(おおやけ)のものとなるだろう. なぜ受け入れられると予想できるかといえば,今回の修正は, 新正書法で不評だった部分を,元に戻す 方向のものだ.この予想の根拠は,以下の2点. すでに,今回の修正案に対し,前向きの検討を進めていることが以下の2つの ニュースで分かる.

*注2  参考資料: Rechtschreibreform: Reform wird frühestens Ende März offiziell

(1) 2005年8月1日から正式に強制的(?)効力を発揮したはずの新正書法を,バイエルン州と, ノルトライン-ヴェストファーレン州は反対し公式に受け入れなかったらしい. しかし,今回の修正案に,この2州の文部大臣は賛成している(03/06/06 修正).

(2) すでに,大手出版社であるシュプリンガー(Springer Verlag) や,2000年に「旧正書法」へと戻ってしまったフランクフルター・アルゲマイネ紙 (Frankfurter Allgemeine Zeitung)の関係者も, 今回の修正案を歓迎するコメントを出している.

   追加[03/8/06]

2006年3月2日,文部大臣会議(KMK)は,ボンにて記者会見を行ない,以下の点を明らかにした.(原文は, Kultusministerkonferenz stimmt Empfehlungen des Rats für deutsche Rechtschreibung zu.
注意: 以下の和訳はあくまでも参考程度のものと考えて下さい. この和訳を100%信じて行動して何らかの被害にあったとしても, 当方は一切の責任をとれません.一部, 和訳として「こなれていない」部分があり,間違いもあるかもしれません. 後日,修正するつもりでいます.修正提案があれば,喜んで検討します.[2006年3月8日]

文部大臣会議は,ドイツ語正書法協議会の答申に賛成する.

文部大臣会議は,ドイツ語正書法協議会の答申を協議し,以下の決定を下した.

1. ドイツ語正書法協議会の答申は, 正書法のさらなる発展のためのすぐれた確固たる基盤をなすものである. 文部大臣会議は,(州政府首相の同意という条件付きで) 答申に賛成し,成し遂げられた仕事に関して,協議会とその議長に感謝の念を表明する.

2. 文部大臣会議は,連邦政府と,その国際的パートナー[諸国]--- ウィーン での意向表明に署名した国々--- にこの答申を共に受け入れることを提案したい. 文部大臣会議は,当会議代表に,これに対応した合意書に署名する権限を与える.

3. ドイツ語正書法協議会の事務所及びドイツ語研究所には,以下のことを行なうように求める:

・協議会の答申に沿った規則と用語索引をネットワーク上でアクセス可能にすること
・「言語報告」(Sprachreport)の特別号の形式で, 提示された概要を公にし,情報[伝達]手段として特に学校に対して自由に参照できるようにする.

4. ドイツ語正書法の扱いに関しては,2006年/2007年の学校の始まりとともに, --- つまり,2006年8月1日から --- 以下の規定が有効になるものとする:
(1) 2006年編纂のドイツ語正書法の公の規定は,あらゆる学校における授業の法的拘束力を持つ基盤である.
(2) 規則と用語表(2006年版)の有効な版は,インターネットで入手可能である.
(3) 2007年7月31日まで,公式の規定(2006年版)によって古いものとなる書き方は,過ちとは見なさずに評価される.
(4) 疑わしいケースにおいては,公式の規定(2006年版)の出版物の説明に完全に対応した辞書が基礎となる.

5. 教科書は,継続して使用できる:そして,通常の更新のサイクルで交換される.

文部大臣会議は,これまで公に批判的に捉えられてきた部分も, ドイツ語正書法協議会の答申をコンセンサスの得られるものとして実行に移し, 現在有効な規則と書き方を受け入れるものであると考えている. 特に,文部大臣会議は,ドイツ語正書法の統一性のためにあらゆる出版社や出版団体に賛同することを呼びかけたい.

参考:ドイツ語正書法審議会の仕事に関する報告及び用語集を含む更新された規定 (上で挙げた概略を含む)は,www.rechtschreibrat.com„Akutuelles“で呼び出すことができる.


2. 新正書法修正案の実例

今回の新正書法修正案は,以下の4つの領域にわたる.

(1) 分かち書き・続け書き(GETRENNT- UND ZUSAMMENSCHREIBUNG)
(2) 分綴法(SILBENTRENNUNG)
(3) 句読法(ZEICHENSETZUNG)
(4) 大文字書き・小文字書き(GROSS- UND KLEINSCHREIBUNG)

より細かい情報に関しては, Spiegel-ONLINE の2006年2月27日のまとめである Überblick: Die Empfehlungen des Rechtschreibrates が詳しい.

(1) 分かち書き・続け書き(GETRENNT- UND ZUSAMMENSCHREIBUNG)

      新正書法(Neue Rechtschreibung 2005) 修正案(Empfehlungen zur Korrektur 2006)
      Eis laufen eislaufen
      Leid tun leidtun*注3
      krank schreiben krankschreiben
      stehen bleiben stehenbleiben oder stehen bleiben
      schwer fallen schwerfallen

*注3  Leid tunの代わりに,2004年6月 (修正)からは, leidtunも認められていたが,今回の修正案では, Leid tunは削除されるらしい. (Die Variante Leid tun ist zu streichen.)

(2) 分綴法(SILBENTRENNUNG)

単語を改行する時にどこで分けることができるか,というのが分綴法(ぶんてつ ほう)だが,新正書法では,1つの母音の後でも分けることができた. 今回はそれが禁止された.

      新正書法(Neue Rechtschreibung 2005) 修正案(Empfehlungen zur Korrektur 2006)
      E-sel Esel
      A-bend Abend
      Bi-omüll Bio-müll

freie presseによると,さらに, 「特定の意味をなしてしまうような単語の分割」(Sinnentstellende Trennungen) は禁止されるようだ. ほとんど笑ってしまうような「新正書法」から生じた機知(Witz) には,ひたすら感心してしまう.
ただし,分綴に関する「新正書法」の基本原則は変わらない( Regelwerk §108). (★ なお,修正案の所に記した分綴は,「特定の意味をなしてしまうような単語の分割」 を避けるとこうなる,という私の考えた例であり,今回の発表には含まれていないのでご注意.)

      新正書法(Neue Rechtschreibung 2005) 修正案(Empfehlungen zur Korrektur 2006)
      Ur-in-s-tinkt*注4 Ur-ins-tinkt  vgl. §107 E2, Ur-instinkt (nicht Urin-stinkt)
      An-al-pha-bet*注5 An-alpha-bet  vgl. §107 E2, An-alphabet (nicht Anal-phabet)
      Spar-gel-der*注6 Spar-gelder

*注4  Urinstinkt (潜在意識の中にとどまっている「原本能」)という語は,新正書法によれば, Ur-in-s-tinktと3箇所で分けられる(Duden: Die deutsche Rechtschreibung 23版による).
しかし,もしUrin-stinktと分けると, Urin stinkt.(オシッコは臭い.)と見えてしまう.

*注5  Analphabet(読み書きのできない人)という語は, 新正書法によれば,An-al-pha-bet と3箇所で分けられるが(Duden: Die deutsche Rechtschreibung 23版による), もしAnal-phabetと分けてしまうと, analが,形容詞の「肛門の」に見えてしまう. 精神分析用語のdie anale Phase「肛門(愛)期」 に似ている.

*注6  Spargelderは,Spargeld (「貯金」)の複数形だが, Spargel-derと区切ると, Spargel(「アスパラガス」)とder (男性の定冠詞)に見えてしまう. (Duden: Die deutsche Rechtschreibung 23版には, Spargeldが載っていない).
なお,Staatsexamen(「国家試験」)が, Staat-sex-amenと区切ると, Staat (「国家」)+ Sex(「セックス」)+ Amen(「アーメン」) と見えてしまうという話があるが,これは「新正書法」に起因するとは考えられない. Duden: Die deutsche Rechtschreibung 23版を見る限り, 「新正書法」ではStaats-e-x-a-menと区切られるので, 間にSexという文字列が生じることはない.

Empfehlungen des Rats für deutsche Rechtschreibung. Teil 1. Regeln und Wörterverzeichnis. München und Mannheim 2006. の, S.103, §107 E2を参照のこと.

(3) 句読法(ZEICHENSETZUNG)

句読法という用語は分かりづらいが,基本的に各種記号の使い方のこと. 今回の修正提案は,新正書法でコンマ(Komma) をうたなくてもよい,とされたものを見直し, 改めてコンマをうつことを特定の場合に義務化した.

   新正書法(Neue Rechtschreibung 2005) 修正案(Empfehlungen zur Korrektur 2006)
   Der Mann schlug die Orgel und seine Frau backte Kuchen. Der Mann schlug die Orgel, und seine Frau backte Kuchen.
   Sie öffnete das Fenster um frische Luft hereinzulassen. Sie öffnete das Fenster, um frische Luft hereinzulassen.

(4) 大文字書き・小文字書き(GROSS- UND KLEINSCHREIBUNG)

固定した表現は,大文字書きすることになった. また,新正書法で「名詞」+動詞でできあがっている表現(かつては分離動詞だったもの)も一部は元の分離動詞の形に戻された. 手紙の文章での二人称代名詞(Du, Sie など)を大文字で書くことも許容されるようになった.

     新正書法(Neue Rechtschreibung 2005) 修正案(Empfehlungen zur Korrektur 2006)
     der blaue Brief der Blaue Brief
     Pleite gehen pleitegehen
     Bankrott gehen bankrottgehen

3. 感想

今回の新正書法修正案は,「新正書法」の一部を「旧正書法」へ戻す試みである. 実際に,1996年に概要が決まった「新正書法」は,「規則をより簡単にする」という視点に中心が置かれた. しかし,規則の中のいくつかのものは,これまでのドイツ語の語感(Sprachgefühl) に反するものを作り出してしまうことが次第に明らかになり,反対の声が一部で高まったにもかかわらず, 2005年8月1日から正式に効力を発した(03/06/06,修正).

もっとも気の毒なのは,子供たちである.この間の小学生は,初めから不安定な 新正書法でドイツ語の書き方を学んだ.そして,毎年のように変わる追加項目, そして,今回のかなり大きな修正案.現場のドイツ語の教師も大変だろう.

対岸の火事ではない.日本でも,ほとんどの辞書が,現在では,2005年の新正書 法に対応してしまったが,早急に2006年の修正を組み込む必要に迫られている. 教科書も同様だ.

完璧な正書法などないことは,初めから分かっていた. だからこそ,「規準の簡単さ」だけに重点を置くような正書法改革は慎むべきだっ た.こんなことをいまさら言ってもしようがないが,今後の大きな教訓となるだ ろう.

正書法改革反対派として知られる テオドーア・イックラー(Theodor Ickler)氏は, 今回の修正案でもまだ不十分であるとし,修正案では 「6つの大きな領域のなかの3つしか扱われていない」と批判している.*注7
では,「2005年版新正書法」は,今後も修正され続けるのだろうか? もちろん,さらに「旧正書法」へと戻っていく可能性は残されているが, 未来のことは誰にも分からない.

*注7  http://www.spiegel.de/kultur/gesellschaft/0,1518,403440,00.html の Rechtschreibrat legt Empfehlungen vor. (27. Februar 2006) の記事の一部の要約.原文は以下の通り.
Der Reform-Gegner Theodor Ickler, der als Vertreter des PEN-Zentrums in dem Rat gesessen und diesen aus Protest verlassen hatte, betonte erneut, die Vorschläge zur Korrektur der Reform seien unzureichend. Von sechs großen Bereichen seien nur drei Bereiche bearbeitet worden, so Ickler heute bei einer Radiosendung des RBB.

Bastian Sick氏による Zwiebelfischでも この問題は,2006年3月2日にテーマとして取りあげられた. (Die reformierte Reform) どうやら,Zwiebelfisch は, 今回の修正案に大筋において,賛成のようである.

それにしても,この「新正書法」騒ぎは,ドイツ語を母語とする人たちの間に, 「自分の書き方に対する不安」を植え付けた. 「私は,正しい書き方を知らないのではないか.」という不安, これがドイツ語圏全体に広がってしまったというのは,おおげさな話ではない.

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